Post B53okAlgse4bIypmjo by toneji@minohdon.jp
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(DIR) Post #B53SERIDhzuuIUVrEW by padda@libera.tokyo
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ぼくらは価値観の転換を迫られているのだと思う
(DIR) Post #B53SERRR9jI0l4pDbE by toneji@minohdon.jp
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@padda 物質的には何でもあっても、精神的な糧は少ない現代だと思います。その上、豊富な資源にありつけるのは、一定以上の富裕層です。貧困は再生産され、希望を持てという方が無理な時代だと思います。
(DIR) Post #B53SrxgjCJGg3yp1Zw by troler@mastodon.online
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@toneji @padda 私は、グノーシス主義の文献からジョン・ディーの『リベル・ロガエス』に至るまで、西洋の秘教に関する本をより多く読むことで、自分の精神生活における空虚感を埋めようとしてきました。問題は、私がその情報を吸収できるような精神状態にないことでした。私は度重なる精神的な崩壊を経験し、社会から孤立したいという衝動に駆られていました。今はだいぶ良くなりました。霊的な領域に足を踏み入れようとする人は、慎重であるべきです。それは見た目ほど簡単なことではありません。
(DIR) Post #B53UregY38uT2EifWS by toneji@minohdon.jp
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@troler @padda 仰ることはよくわかります。精神世界、特に霊的な世界にアクセスするのは、リスクが伴います。何事も無理は禁物です。ゆっくりと階段を上ることが大切です。私は仏教徒として、禅とは全く違う瞑想法を学びました。これはメンターに教わらずにすると失敗します。しかし、近くにメンターがいなかったので、ビデオを見ながらやりました。あまり修得はできませんでしたが、マインドフルネスの基本は何となくわかりました。原始仏教の瞑想法は比較的安全で、自分の心をあるがまま見るのに役に立ちます。興味があれば調べてください。
(DIR) Post #B53juw5NJIx1BOM27M by troler@mastodon.online
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@toneji 私の仏教に関する知識は、主に上座部仏教の教えに関するパーリ語経典の範囲内に限られています。それでも、読んだのはごく一部の経典だけです。あなたのアドバイス通り、瞑想の実践に関する経典をもっと読むべきかもしれません。パーリ語経典から学んだことは、瞑想とは、外の世界と内なる世界の両方に意識を集中させることによって達成されるということです。
(DIR) Post #B53okAlgse4bIypmjo by toneji@minohdon.jp
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@troler あなたの言うとおりです。私も上座部仏教を学んできました。瞑想とは「無」になることと思われがちですが、そう簡単に人間は「無」にはなれません。大切なことは「思考を止める」ことです。でも人の思考は簡単には止まりません。ですから、体の動きに集中するのです。これはとても合理的な考えだと思います。その訓練を続ける中で、涅槃に近づいていく、そういうことだと思います。