# 2026-07-05 (San) #02 [Memorys] 19歳の夏、下山の夏  ぼく自身が撮ったわけじゃないけどぼくが持ってる写真で一番古いものは、19 歳の夏に白馬山荘でのアルバイトを終えて、大雪渓を下山しているところを、バイト仲間が撮ってくれたもの。  あの頃は宿泊登山客のピークはお盆に集中していて、当時の白馬山荘は最大収容可能人数は 1500 と公称していた。小屋の規模は全く変わらないけれど現在は 900 人として、しかもコロナ以降予約制。  ピーク時は登山客が 1800 人を超えることもあって、そんなピークの時は部屋に入り切らず、廊下だとか玄関だとかにも人が寝ていた。山小屋は人を泊めないわけにはいかない施設なので。  連絡手段も衛星電話かトランシーバーのみ。  登山者はトランシーバーなんて持たないし、衛星電話なんてむちゃくちゃお金がかかるので使わないので、山にいる間は、ずっと家族にも連絡を入れないのが普通だった。  だからみんなちゃんと登山届を出したり、家に登山計画書を残して山に入ってきてたんだと思う。  もちろん昔から、そういうことをやらない人もたくさんいたけれど。  写真はお盆を過ぎてピークが終わってバイト期間を終えて大雪渓経由でバイト仲間と二人で下山しているときに、彼が撮ってくれたもの。  彼は東大の院生とか言っていた。人当たりも良くて誠実でいいやつだった。  この年はピークが過ぎてあっというまに宿泊客が減って、アルバイトもぼちぼち下山を始める時期だった。  それまで 24 時間拘束、休みも一切なし、ってことが忙しすぎて続いてきてた。プライベートはトイレと週に 2 度の入浴時間と寝てるときだけ、なんて状態だった。  でもピークのお盆をすぎると潮が引いていくように、宿泊客の数も減っていき、週に 1 度は休みが与えられるようになり、激烈なシフトも徐々に人間らしいものへと近づいていく。  そうなっていくタイミングで、ぼくは下で用事もあったので、お盆過ぎに下山したのだけれど、もう少しやっていけば?遊ぶ余裕できるし、とは言われた。  正直もう少し期間を伸ばして、休みの日に後立山連峰の山々を歩き回ることをぼくもしたかったけれど、下山しなければならなかったので仕方なかった。  そんなこともあって、ぼくが後立山の山々でピークを踏んだのは白馬岳、旭岳、小蓮華山だけになる。白馬岳の山頂は山荘から歩いて普通の登山者で 20 分、ぼくらは空身なので 10 分くらいでたどり着く。  そんなこともあって山荘アルバイトにとってはいつでも行ける山頂なので、たいてい天気のいい日にしか行かないし、登山ではなくて日々の散歩になってた。なにせ片道 10 分だし。  旭岳も小蓮華山もあくまでバイトの休憩時間を使ってダッシュで往復していたので、トレランなんてアクティビティがなかったあの頃、白馬山荘あたりで空身で走ってた連中はぼくらのような山荘アルバイトたちだった。  一般の登山者は、なに?こいつら?って目で見てたけど。 => https://share.yabu.me/54265989d042b63cdc9773f3428c4099747c8bfc6057d397bf35cc939715b79b.webp 白馬岳下山中