* ********************* * 2009/11/16 (月) * ダイビング船スタイル船舶事故調査報告書 * *     作成年月日:2026 年 04 月 22 日 *     分析作成者:大山貢 ********************* # 1 はじめに 2009 年 11 月 16 日 ダイビング船スタイルにおいて 28 歳の女性インストラクターがボートのアンカリング作業中に後進しているボートのスクリューに巻き込まれ死亡するという痛ましい事故があった。 本件事故に置いてはすでに国土交通省運輸安全委員会による事故調査が行われ報告書が公開されているものの、ダイビング事業者にかかる分析ならびに勧告が不足している。 アンカリング作業のプロトコルが未定義であることを問題とする必要もあるにもかかわらず、運安全委員会の所見ですら船長個人の能力に依存する結論を出しており、フェールセーフの観点から対策として不十分と思われる。 本調査は国土交通省運輸安全委員会報告を補完する目的で書かれるものである。 後に述べるが、本件事故は個人の注意や認知ではなく、作業プロトコルの不在(または不備)が最大の事故要因であると理解される。 本調査は、本件事故に関し、事故及び事故に伴い発生した被害の原因を究明し、事故の防止及び被害の軽減に寄与することを目的として行われているものであり、決して本件事故の責任を問うために行われているものではない。 # 2 事実関係 1. いつものどおりのアンカリング手順で作業を開始 2. ボートが後進していることを認識できないまま、アンカーを携えてエントリー 3. ボートは低速で後進しており、プロペラは逆回転していたがエントリー前に認識できなかった 4. プロペラに吸い込まれる水流が発生していたが、これも認識できなかった 5. 船長の合図でエントリー 6. 低速後進するボートの回転するプロペラによって吸い込まれる 7. プロペラにより重篤な外傷を負う 8. ボートが後進していることに気づいた船長がプロペラを停止 9. 水面に浮いている女性インストラクターを視認 10. ボートに引き上げた際に重篤な損傷を確認 11. その後ドクターヘリで搬送されたが死亡が確認された # 3 なぜ女性インストラクターはボートの後進に気づけなかったのか 1. アンカリングというミッションプレッシャーにより認知が狭窄していた 2. 海上では視覚的な基準点に乏しく、低速後進の認識が困難であった 3. 後進時は水流が船首方向に向かうため、通常の航跡が船尾に現れない 4. 低速前進時と低速後進時ではエンジン音による判別が困難である 5. 潜降の合図が出されている状況でプロペラが回転しているとは想定していなかった # 4 業務手順について 一連のアンカー設置手順は経験という自然発生的なプロセスに完全依存しており、業務プロトコルが適切に設計され、安全に運用管理される必要性について認知されていなかった。 そのため安全な業務設計が存在しない状態で、曖昧な手信号のみで行動をトリガーするという安全上無視できない業務習慣に完全依存していたことから、本件事故に至ったと認められる。 # 5 所感 低速後進中のプロペラ作動はダイバー側からの判別が困難であり、個人の認知や注意に依存した安全確保には限界がある。 このような条件下では、安全は個人の判断ではなく、明確に設計された作業プロトコルによって担保されるべきである。 国土交通省運輸安全委員会の所見に加え、以下の観点が必要である。 1. 可能な海域における係留ブイの常設(アンカリング作業自体の削減) 2. アンカリング作業プロトコルの策定、明文化、業務マニュアル化および運用の徹底 # 6 対策例 ## 6.1 基本原則 * ダイバーはプロペラの作動状態を確実に判別することができない * したがって、安全確保を個人の注意や認知に依存してはならない * エントリーの可否は、状態が保証された手順によってのみ決定される ## 6.2 最小要件 ### 6.2.1 エントリー許可条件の明確化 * 推進系停止(ギアニュートラル) * スロットルゼロ * 船長によるエントリー許可の明示 → 以上が満たされない限りエントリーしてはならない ### 6.2.2 相互確認(コール&レスポンス)の導入 * 船長:「ニュートラル・エントリー可」 * ダイバー:「ニュートラル確認・エントリー」 → 合図を一方向の指示ではなく、相互確認に変換する ### 6.2.3 手順順序の固定(シーケンス化) * 停止 → ニュートラル確認 → 合図 → 復唱 → エントリー → 手順の逸脱を許容しない ## 6.3 補助的対策 * 係留ブイの活用によるアンカリング作業の削減 * チェックリストの導入 * インストラクター教育におけるプロペラ危険性の明示 # 7 まとめ 本事故は、個人の注意や認知の問題として捉えるべきではない。低速後進中のプロペラ作動という、ダイバー側から判別困難な状況において、安全を個人に委ねる運用自体に限界があった。 経年的な経験に基づく業務の流れは存在していたと考えられるが、それを明確に規定する作業運用設計が存在していなかった、あるいは十分に機能していなかったことが、本事故の発生に大きく寄与したと考えられる。 すなわち本事故は、「人が気づけなかった事故」ではなく、「気づかなくても事故が起こらない仕組みが存在しなかった事故」である。 # 8 資料 => https://jtsb.mlit.go.jp/ship/report/MA2011-7-1_2011tk0006.pdf MA2011-7 運輸安全委員会 船舶事故調査報告書 1 ダイビング船スタイル乗船者死亡 (PDF) => index.gmi 戻る