* ********************* * 1994/09/11 (日) * 和歌山県串本町 浅地 インシデント報告書 * *     報告年月日:2026 年 06 月 15 日 *     報告者:大山貢 ********************* 和歌山県串本町浅地における強流下での パニックダイバー対応および 複数の判断エラーの発生 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ # 1 事実関係 ## 1.1 件名 和歌山県串本町浅地における強流下でのパニックダイバー対応および複数の判断エラーの発生 ## 1.2 発生日 1994 年 9 月 11 日 (日) ## 1.3 場所 和歌山県串本町 浅地 ## 1.4 概要 台風 21 号のうねりの影響により、浅地の表層に非常に強い流れが発生していた。 事前確認の結果、水深約 -19m 以深では流れがほぼないと判断され、ダイビングは実施された。 エントリー後、ゲスト A 氏が水深約 -5m で潜降不能状態となり、その後パニックに近い状態を呈した。 対応の過程で、 * A 氏の潜降拒否 * アシスタント (筆者) による深度管理上の問題を伴う介入 * インストラクターによる A 氏の深場への移送 * 別のゲスト B 氏による浮上途中でのロープ放棄 が発生した。 結果として重大事故には至らなかったものの、複数の重大リスクが顕在化した。 # 2 時系列 ## 2.1 エントリー前 浅地到着時、海面には強いうねりと流れが認められた。 参加者の多くが不安を示していた。 責任者であるインストラクターは単独で海況確認を実施。 水深 -19m 以深は問題なしと判断した。 ## 2.2 潜降開始 ゲストはラインを利用して潜降。 アシスタント 2 名は先行して水深 -19m で待機。 ## 2.3 A 氏の停滞 A 氏が水深約 -5m で潜降停止。 アシスタント(筆者)が対応。 潜降指示および異常確認を行うが反応なし。 A 氏は極度の緊張またはパニック状態と判断される状況であった。 ## 2.4 インストラクター介入 インストラクターが介入。 A 氏を水深 -30m 付近まで連れて行く。 その後 A 氏はレギュレーター保持が困難となる兆候を示し、緊急浮上対応が行われた。 ## 2.5 B 氏のロープ放棄 エキジットのために浮上中の別ゲスト B 氏が理由不明のままアシスタント・インストラクターの目の前でロープを放棄。 強流により流され始める。 アシスタントがロープを保持したまま救助のために手を伸ばし、B 氏をロープへ復帰させた。 # 3 SHELL分析 ## 3.1 Software(手順・運用) ### 3.1.1 問題点 * 強流下での中止基準が不明確 * 潜降不能ダイバーへの対応方針が共有されていない * パニック兆候出現時の撤退判断基準が存在しない ### 3.1.2 影響 A 氏を早期離脱させる判断が遅延した。 ## 3.2 Hardware(装備・物理的条件) ### 3.2.1 問題点 * 強流下でのライン依存度が極めて高い * 水中では意思疎通手段が限定される ### 3.2.2 影響 A 氏の状態把握が困難。 B 氏がロープを放棄した理由も不明。 ## 3.3 Environment(環境) ### 3.3.1 問題点 * 表層に非常に強い流れ * 台風起因のうねり * 流失リスクが高い状況 ### 3.3.2 影響 参加者全体のストレスレベルが上昇。 判断能力の低下を招いた可能性が高い。 ## 3.4 Liveware-Liveware(人間関係) ### 3.4.1 問題点 * 強い権威勾配 * アシスタント経験不足 * 現場での意思決定権限の曖昧さ ### 3.4.2 影響 A 氏をボートへ戻す判断が遅れた。 アシスタントの上位者の判断に対する依存性が強く介入できなかった。 # 4 個別事象分析 ## 4.1 事象 1: A 氏のパニック ### 4.1.1 要因 * 強流環境 * 高ストレス * 潜降への恐怖 ### 4.1.2 リスク * エア消費増加 * レギュレーター喪失 * 水没事故 ## 4.2 事象 2: 筆者による介入 ### 4.2.1 要因 A 氏救援を優先した結果、 * 急速浮上 * 急速潜降 を伴う深度移動を実施。 ### 4.2.2 評価 A 氏への接触自体は適切。 しかし結果としてアシスタントのピンポンダイビングとなった。 ## 4.3 事象 3:A 氏の深場移送 ### 4.3.1 要因 強流域から離脱させる意図。 ### 4.3.2 評価 結果論ではなく当時の状況を考慮しても、パニック兆候を示すダイバーを深場へ移送することは高リスクであった。 ## 4.4 事象 4: 浮上時の B 氏のロープ放棄 ### 4.4.1 要因 不明。 ### 4.4.2 評価 強流環境では重大な危険行為。 偶然に近い形で回収に成功した。 # 5 結論 本事例の本質は、「A 氏のパニック」ではない。 強流という環境ストレスの中で、 * ゲスト * アシスタント * インストラクター 全員の認知機能および判断力が影響を受け、複数の不適切な判断が連鎖した事例である。 特に重要なのは、 * A 氏のパニック * 筆者による撤退判断の遅延 * インストラクターによる深場移送 * B 氏によるロープ放棄 が独立した事象ではなく、同一の環境ストレスによって誘発された一連の現象として理解できる点である。 # 6 勧告 ## 6.1 強流環境におけるダイブ中止基準の明文化 強流環境下では参加者の不安や恐怖が急速に増大し、正常な判断力や行動能力が低下する可能性がある。 そのため、 * エントリー前に強い不安を表明した参加者 * エントリー後に潜降を拒否した参加者 * 指示への応答が困難となった参加者 については、潜降継続を前提とせず、ダイブ中止およびボートへの帰還を優先する判断基準を事前に定めておくことが望ましい。 ## 6.2 「潜降不能ダイバーは中止」を原則とする運用 強流環境下で水深の浅い位置に留まることには危険が伴うが、その危険を回避するために、 * 強い恐怖を示すダイバー * パニックが疑われるダイバー を深場へ移送することは、さらに大きな危険を生じさせる可能性がある。 潜降不能状態となったダイバーについては、「安全な深度まで連れて行く」ではなく、「ダイビングを中止する」ことを第一選択肢とすべきである。 ## 6.3 権威勾配の影響を考慮したチーム運営 経験の浅いスタッフは、 * 上位者の判断への疑問 * ダイブ中止の提案 * ゲスト撤退の提案 を心理的に表明しにくい。 責任者は、「危険と思ったら誰でも中止を提案できる」という運用を平時から徹底し、権威勾配による判断遅延を防止することが望ましい。 ## 6.4 強流環境下における認知機能低下の教育 本事例では、 * ゲスト A のパニック * ゲスト B のロープ放棄 * アシスタントの判断遅延 * インストラクターの高リスク判断 が同一環境下で発生している。 これは個々人の能力や性格の問題ではなく、強い環境ストレスが認知機能へ与える影響の可能性を示している。 そのため、強流・低視界・荒天等のストレス環境では、「自分自身も正常な判断ができなくなる可能性がある」ことを前提とした安全教育を行うべきである。 ## 6.5 強流時のエントリー可否判断の慎重化 -19m 以深では流れが弱かったものの、表層は極めて強い流れとなっていた。 ダイビングの安全性評価においては、目的深度での環境のみならず、 * エントリー * 潜降 * 浮上 * エキジット を含む全工程のリスク評価を実施すべきである。 特に、参加者の技量が混在するツアーにおいては、最も経験の浅い参加者が安全に行動できるかを基準として実施可否を判断することが望ましい。 => https://mitsugu.github.io/divinglogbook/1994/1994091101.html 当日のダイビングログ (HTML) => https://orzbruford.jp/202606/15.html#2026061501 当記事 (HTML) => index.gmi 戻る